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死ぬ。 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!! 死んでしまう、このままでは死んでしまう!!! 僕はゲシュタルト崩壊を引き起こすほど「死ぬ」を連呼しながら、廃墟と化した教会の聖堂でのた打ち回っていた。 胸を両手で押さえながら、悶絶する。 放っておいたらこのまま昇天出来る気がした。天使が見えた気さえした。 絶望的なまでの苦痛。 あの時以来だ。 端的に説明しよう、とても簡単だ。 一言で説明出来る出来事なのだが、この苦痛はどんな言葉でも説明しきれないだろう。 生きたまま脳みそをいじくられるような、生きたまま眼球をくりぬかれるような。 いや、言いすぎだろうか。 ………一言で言えば、物凄い吐き気だった。 言いすぎだとお思いだろうか。 笑いたければ笑うが良い、罵りたければ罵るが良い。 今の僕は全てを受け流せる悟りの境地に辿り着いている。 この不快感よりも、生きていく苦痛の方がずっとマシだ。 そう思えるほどの吐き気だった。 「何でだ……う、うぅぅ……」 限界だった。 天国まで数メートルまでの位置に僕は立っているのだろう。 原因。 おそらくエリスから貰ったクッキーだろう。 僕はそれを軽快に食べながら帰宅したが、この場所に辿り着いた時には既にくたばる寸前だった。 違う、九割がたくたばっていた。 最初は美味しいと思いながら食べていたのだが、段々と血の気が引いていく感覚が脳内を占めていった。 第一段階、僕は否定していた。 疲れているとか、寝不足だとか。 第二段階、これは錯覚ではないと感じるようになった。 明らかな眩暈、足が鉛のように重くなった。 第三段階、臨界点突破。 転がり込むように教会に辿り着いて、今現在。 何も考えたくないような頭で、精一杯考える。 クッキーに何かしらの細工がしてあった。 そう考えるのが妥当だ。食べた直後に気分が悪くなって来たのだから。 だとしたら―― その時だった。 「何でそんな所で寝てるのかな、テッド君」 「……」目が笑っていないのだが。 「頼んだ部屋の掃除、どうしたんだい?」 「こっちはそれどころじゃ……うぅ……」 僕を見下ろしながら仁王立ちしているのは、当たり前だがヴェンデルだった。 手には黒い本――罪の経典だろう。 読みかけだったのか、しおりが挟んであるのが見えた。 しかし、今の僕にはそんな事関係なかった。 この強烈は吐き気をどうにかしてくれるなら、神様でもヴェンデルでも構わない。 地に伏せっていた僕は、這いずるようにしながら、ヴェンデルの左足を掴んだ。 精一杯、助けて欲しいという懇願を込めて。 だがしかし、彼は僕を見下ろしたまま表情を変えなかった。 きっとこいつの主成分は悪意だ……。 「拾い食いはダメだって言ったはずだ」 「してない!」列記としたお祝いの品だ。 「あ、もしかして、本気で辛いのかい?」 「ぐぅ……」殺意しか芽生えないのだが。 僕の尋常ではないほどの悶絶具合に、ヴェンデルはようやく顔を歪めてくれた。 悪意の塊と言って悪かった、僕は心の中で謝る。 立ち尽くしているヴェンデルは、僕と視線を合わせるためにか、その場に座ってくれた。 右手で頬を掻きながら、左手で僕の額に触れる。 物凄く冷たい。嫌がらせか。 「熱はないみたいだね。だとすると……痣の所為かな?」 「違うと思う。種類が違う。僕は今、物凄い吐き気が……」 「ここで吐かないでくれるかな。汚れるから」 「……」周りを良く見ろ、元々汚い廃墟だろうに。 ヴェンデルがふざけているように見えるのだが、実際には少し違ったようだ。 僕が苦しんでいるのを見ながら笑っているような気がするが、瞳は心配の色を映している。 「困ったね」と言いながら、僕の額から手を離した。 離れた瞬間、顔が上気する。 ……照れた訳じゃなくて、何か《限界》のようなものが…… 「テッド、お医者さん行っておいで」 「よ、呼んでくれないのか……」 「何を言うかと思えば。前の通りを右に行けば、病院があるだろう? 内科もあるよ」 初めて知った。 僕は得体の知れない吐き気に襲われているが、ヴェンデルは行ってこいと言っている。 正直歩きたくなかった。と言うか、近くに病院があるのだったら、なおさら呼んできて欲しかった。 ヴェンデルは苦笑いをしながら、僕の頭をくしゃくしゃと撫でる。 僕より一回りほど大きなその手から、温かさが髪に伝わる。髪から頭に、頭から心臓に。 不可思議な温かさが僕の身体に満ちて、少しばかり気が楽になる。 ……これが、神父の力なのだろうか。 僕の吐き気すら手懐けて、癒すのだろうか。 ――買いかぶりすぎだろう。何を考えてるんだ、僕は。 少し癒されたのかも知れないけれど、少し不愉快だった。 結局僕は身体を引き摺るようにして、その病院の戸をノックする事になる。 そして。 黒いローブの罪人と、僕は改めて出会う事になる。 * * * 「きゅ……休診日……!?」 そんな立て札が、僕の目の前に無情にも立っていた。 僕は限界ギリギリの身体を無理矢理起こして、意を決して、這いずるようにして、街の人間たちから不審の眼差しを思いっきり背に受け、意思の灯火が吹き消そうとする吐き気を堪えながら……病院の前まで来たと言うのに。 真実は常に残酷である。真実は常に非情である。 目の前の古びた病院を僕は見据えた。 フィルデレンツェ総合病院……と、錆び付いた看板に書いてあるのが、辛うじて読み取れる。 内科、外科、心療内科、眼科、年中無休……本当に総合病院だ。 外観に取り巻くように絡み付いている蔦の葉が、壁を占拠していた。 かなり年季の入った建物のようで、触れただけで壊れてしまうのではないかと思ってしまう。 何とも、まあ……表現に困る病院だ。 それよりも、僕を苦しめている吐き気が抜けない事が重要なポイントだった。 医者がいない、つまり、適切な処置が出来ない。 下手すれば……僕は…… 「死ぬのか!? 吐き気で死ぬのか!?」 お断りだ。 吐き気で死ぬなんて、格好が悪すぎる。 僕は壊れかけたドアに手を付いて、息を吐く。 このまま中身までぶちまけてしまいそうだ……。 休診日。 僕はこの単語が引っかかり、ドアから本能的に離れた。 ふら付く足を動かして、もう一度看板の前に立つ。 ……一瞬、良く判らなかった。 もう一度、僕は脳内でその単語を噛み締める。 「……年中無休?」 その文字の意味が、良く判らない。 もう一度、ドアの前を見る。 相変わらず無表情な立て札が《休診日》と告げている。 ……のだが、なぜか、年中無休。 年中無休とは。 一年中、春夏秋冬、休みがない事を表すのに。 「休診日? 何で?」 しかも、僕がこうして訪れた時にピンポイントで休診日。 世の中全体が僕に死ねと言っているようにしか思えないが、偶然だと言い聞かせる。 僕は一旦帰る事にする。 ヴェンデルだったら何か良いアイディアを出してくれるかも知れないし、悪魔のような男と言った感じだが、看病ぐらいしてくれるだろう。 どうやら気分の悪さも頂点を過ぎたらしく、次第に身体に活力が戻ってきている気がする。……いや、まだ気分が悪い事には変わりないのだけれど。 看板に背を向けようと、踵を返そうとしたその時だった。 「……おっと」 僕の背中に、軽い衝撃が走った。 本当は「おっと」では済まないような感じがした。胃の中がシェイクされて、口から何かが零れそうになるが、僕は耐え切れた。 振り向くと、そこには黒い塊が蹲っていた。 ぶつかってしまったのだと気が付いたのは、塊を凝視してから一秒ほど経ってだ。僕の頭は正常を失っている。 僕はその黒い人物の横に腰を屈めて、手を差し出した。 「すいません、ぶつかったみたいで……」 「……」 黒い人は何も言ってくれなかった。 その黒に、僕は違和感を覚える。 温かい日差しが差し込んでいるのに、それは真っ黒なローブを纏っていて、フードが頭全体を覆っている。 その覆い方は尋常ではなく、顔全体を見せないように――他人と言う世界を切り離すように接触を断っていた。 表情が窺い知れないので、怒っているのか痛いのか、全く判らなかった。 「あの……大丈夫です…か……?」恐る恐る言葉を放つ。 「………す…」 「え?」 「……平気です」 声が小さいなんて言うレベルじゃなかった。 小さいを更に小さくして、小さいを凌駕したほどの音量でそれは話した。 声色は――男性なのか女性なのか迷う質だった。 澄んだ音をしている、美しい声だったけれど、性別を調べる際には役に立たないものだった。 ……僕はいい加減手を差し出しているポーズに疲れている。 僕は今体調が芳しくない。限界だ。 すると黒は、唐突に僕の手のひらを掴んだ。 「怪我を……しているのですか?」 僕の手を触る。 手で感触を確かめているようだった。詮索しているような、感覚を確かめているような。 確かに僕の両腕は包帯でぐるぐる巻きにされているけれど、これは残念ながら怪我ではない。 ちょっとした赤黒い痣が住んでいるだけだ。 「治療してあげますよ……」 優しい声色だったが、安心出来るかと聞かれれば、速攻で首を横に振るうだろう。 単刀直入に言おう。この怪しい人物に治療されるなんて怖すぎる。 けれどその人物は、僕の手のひらを掴んで立ち上がった。 フードの中から口元だけを覗かせて、その綺麗な唇の形を弓なりにする。 「ようこそ、フィルデレンツェ総合病院へ」 この黒衣装の人物こそ、この病院の医者だった。 NEXT 工事中 |
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